まずは“よいちょ”と腰をかがめる。
その途端にも“おやや・うやや”と左右によろめきながら、
それでも何とかお膝を曲げて、姿勢を低くして。
それからそれから、小さな手を両方とも前へ向けると、
お袖がなくとも何処だか判らないくらいの肘を伸ばして、
それを………それを…、
「う〜〜〜。」
前へと突き出して突き出して、
しまいにはふりふり振り回し、
何とか とたんとついたのが床の上。
小さなお手々の先っぽが触れたその途端、
その身がぐらりと前のめりになりかかり、
それでもいいのか、いやさ、それが目当てだったのか。
丸ぁるいおでこを前へ前へと下げるのだけれど、
「あ、あ、そこでお尻を上げないと。」
「いや、その前に手に力を入れてだな。」
「気をつけろよ? オツムごつんこ するんじゃねぇぞ?」
おでこを床へとくっつけたまんま、
二進三進も行かなくなったところから。
えいやっとお尻を上げれば…重心のバランスが崩れてますます前のめりとなり。
これが大人なら、手で床を押してながら腕で支え切る体の重み。
だがだがこうまで幼い子だと、
か弱い腕だけで支え切れるものとは到底思えないものだから、
「あ、首がっ。」
「くうっ!」
きゃあと声を上げるのが書生のセナくんならば、
あわわと立ち上がりつつ、手を伸ばすのが、
お館様と おとと様こと葉柱さんで。
思った通り、床についた手はほとんど役をなさぬまま、
頭だけで身を支えかかってた小さな坊や。
コロンと横手へ転げかかったそのまんま、
上背があって頼もしい、蜥蜴の総帥様の腕の中へ、
すっぽり抱き止められている。
「大丈夫か?」
「はやや〜〜〜。」
「どっか痛とうはないか?」
案じるように腕の中をば覗き込んで来た、金の髪したお館様へ、
「うっ、へーきvv」
元気なお声でのいいお返事。
「あんね、お部屋がぐるんてしたのvv」
お庭が下へ飛んでって、面白かったの〜〜〜vvと、
一丁前にも袴をはいたあんよをばたつかせ、
にゃは〜と嬉しそうに笑ったくらいだったから、
どこも傷めてはないらしかったが。
「もっかいするの、もっかいvv」
さっきのを繰り返したいらしい、お元気いっぱいの奮起ぶりへは、
「…くう。」
「くうちゃん、今日はもう よそうよ。」
セナくんと大人の皆様と、不安顔を隠せないご様子で。
『あのね? こーしゅるの。』
天世界で誰ぞが使っていた咒か何か、よほどのこと気に入ったものだったのか。
いつものように、朝も早よからあばら家屋敷へやって来た天狐の仔ギツネさん。
お館様や皆に見せたいのがあるの、と、
広間に来るなり、いきなり“見てて見ててvv”と寸の足らない腕を振り回し、
それから始めたのが…実に危なっかしいでんぐり返し。
何せまだまだ重心バランスがおぼつかない幼児体型をしてなさり、
ただしゃがみ込むのでさえ、
か細いあんよが体を支え切れなくて、
そのまま後ろへすてんとしそうな案配だってのに。
前へと向けてコロンと前回りをしようとする坊やだったものだから、
まあまあ周囲が慌てたのなんの。
『あっあっ、転んじゃう。』
『おでこ打つぞ、気をつけろ?』
えい・よい・やっと 前後へ転びそうになりながらもしゃがみ込み、
おとおと・ぱたぱた 今度は横手へ倒れそうになりながら、
それでも何とか、床へ手をつけるようには なれて。
だが、そこからがまた、途轍もなく長い道のり。
何せ腕が短いその上にやっぱりか細く、体重を支え切れるはずもなく。
おでこを床で擦ったり、そのまま前や横手へへちゃりと潰れたり。
そしてそして、やっとあんよがトンと床から離れかかったかと思いきや、
今度は周囲が“首が危ないっ”とわたわた慌て、
三方から飛び出してのさっさと受け止めてしまった次第。
「な? 今日は此処までってことで収めぬか?」
ちょいちょいと柔らかな頬をつついてやりながら、
お館様が宥めるようなお声を掛けたが、
「やぁあ、しゅるの〜〜〜。」
頼もしいおとと様の腕の中、
じたじた手足を振り回し、駄々をこねてしまう仔ギツネさんで。
よほどに見せたい、やってみたいらしいのだけれど、
「天の世界は重力が弱いのかね。」
「いや、あの…お館様。」
時代考証考えて 物言って下さいってば。
平安時代の日之本の人間が“重力”知っててどうします。
「くう、お前の体格じゃあ前回りはまだ無理だ。」
「や〜の〜〜。」
「くう。」
ちょっぴり強めの叱咤のお声も何するものぞ。
じたじたともがいたそのまんま、小さなお手々が顎へでも当たったものか。
「うっ。」
あだだとふらついた葉柱さんの腕が傾いて、
小さな坊や、そのまま床へと取り落としかかったものの、
「な〜んの騒ぎに沸いてるかな。」
話が泥沼化するとこのお人を招く相性でもあるものか。
絶妙な間合いで現れて、きっちり受け止めて下さったは、
「おお、あぎょん。」
「だから。おめぇらにそう呼ばれる覚えはねぇっての。」
くうちゃんが悲鳴を上げると冬籠もりから起き出すセンサーでもついてるものか、
床へと落ちかかった天狐の和子をば受け止めたのは、
蜥蜴が蟲なら、それよかちょこっとだけ上位であるらしき、蛇神の偉丈夫様。
長い黒髪を縄のように綯っている、
蛇の眷属の総帥、阿含さんのお目見えで。
舌っ足らずなくうちゃんがそうと呼んでる“あぎょん”と呼んじゃあ、
この恐持てのする陰界の神様をからかっている、
術師殿の相変わらずの言いようへ、
こちらも律義に言い返して差し上げてから、
「さっきから訊いてりゃあ、相変わらずに想像力の足りねぇ連中だよな。」
ふふんと嘲笑なさった彼であり。
屈強精悍、ごつごつとした岩礫を道着の中へと詰め込んだような、
腕足も腰も肩も頑丈そうな、荒々しくも雄々しい肢体にそぐうほど、
大上段からの物言いをする彼なのは、
何も今に始まったことじゃあないのだけれど。
「ああ"? 何を聞いたような口利いてるかな。」
話の途中で図々しくも割り込んで来やがって。
大体、訊いてたってのはどうゆうこった。
覗きの趣味でもあんのかこらと、
こちらさんもまた怒らせればなかなかに恐持てな黒の侍従さんが、
斜め下から一気に睨み上げるようにしての、鋭い睥睨を浴びせて差し上げて。
このままだと、一触即発、
とんでもない嵐が巻き起こっての邪妖大戦争に突入かとばかり。
“そ、そんな恐ろしいこと…。”
見上げんばかりに背のお高い偉丈夫二人を、
お館様の背後に匿われつつ、
ハラハラしもって見守っていたセナだったりしたのだが。
「つか。キツネの姿になりゃあ、前回りなんて簡単に出来んじゃあねぇのか?」
「………………………あ。」×3
お後がよろしいようで。
〜 どさくさ・どっとはらい 〜 08.2.14.
*で、結局どんな咒だったのかは、各自でお考え下さいませです♪(またかい)
めーるふぉーむvv 

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